【質問】
仏教の「少欲知足」の意味について
「少欲」とは、いまだ得られていないものを欲しないことで、
「知足」とは、既に得られたものに満足し心が穏やかであること、
という解釈で合っているでしょうか?
【答え】
仏陀の時代に説かれた本当に意味は、
「欲するには足りないことを知りなさい」です。
言い換えれば「無いものを貪っても出てこない」
「無いことを知ることが最も重要である」ということです。
無いことをちゃんと受け止めれば、無いことに満足する必要すらないのです。
例えば、食べ物が無いという状態のときに、いくらひもじくて欲しくても無いものはないのです。
欲しいと暴れまわっても、他人に当たっても、無いものは無い・・出てきません。
「無いことを知れ」ということです。
現実をちゃんと客観的に受け止めれば、その現実に対してどうしなければいけないのかが、分かってくるのです。
無いまま諦めるのか・・それとも手に入れに行くか・・現実的に作るのか・・
本人の選択に委ねられています。
無いことに満足するのではなく、無いからどうするかに知性を働かさなくてはいけないのです。
無いことをちゃんと知らなくては、知性も働かないのです。
このように物質的なことは分かりやすいのですが、
目に見えないことについても同じことが言えます。
例えば食料ではなくて「能力」について考えてみましょう。
自分には能力がそこそこしかないのに、もっと有るふりをするとします。
見栄を張るということですね。
そうすると他者に対する傲慢な態度と
自分自身の能力に対する期待と失望、
周囲からの信頼を損なうことになる、などの
多くの問題が出てきます。
能力が足りないままもし満足するとすれば、それは単なる怠惰の可能性があります。
努力することから逃げるために満足しているだけかもしれませんので、要注意です。
肝心の事は、自分自身に能力が不足していることをしっかりと受け止めて、それならどうすればいいかを、知性を働かせてしっかりと考えることだ、ということが分かります。
そのままでいいのか、もっと能力を高くするべきか、そのためには何をしなければいけないのか・・・・
ここから分かることは、やはり満足することではなく、「欲するには足りないことを知りなさい」です。
そこがスタートラインになります。