①において、日本人には動きたくない気質があることを説明しました。
②において、日本人と韓国、朝鮮人は生き方そのものがまるで違うことを説明しました。
【日韓併合は何故上手く行かなかったのか】
一言で言えば、日本が半島を併合するのではなく、同盟国で留めていれば、その後の関係が変わっていたでしょう。
その頃の日本は、国際社会で勢力を伸ばして勢いが有ったので、さらにもっと国を豊かにしたいと思っていたのです。
日本国民が国の上層部の命令を良く聞くので、調子乗っていた上層部は、その流れに乗ってもっと人口(兵力)を増やして領土を拡大したいという野心があったのです。
もちろん、その欲は特殊なものではなく、欧米列強が既に達成していたものだったので、日本としては自国がその波に飲み込まれないように防衛する意味もあったのです。
日本政府は、併合後の半島に対して現在の価値で63兆円もの資金を、注ぎ込みました。
しかし、実際に併合に伴う煩雑なことは、全て半島に渡った現地の日本人に丸投げしたのです。(←動きたくない欲)
つまり、トップダウン方式だったのです。
それで現地の日本人は、大変な苦労を強いられることになりました。
そもそも、韓国、朝鮮人が、日本人のように上の言うことに従順に従うと思ったことが、大間違いだったのです。
この日本上層部の「日韓併合」の決断の裏には、下の者(現地の日本人)をさんざん働かせて、出た利益をかすめ取る、という意図が隠されていました。
この意図の構図は、現代日本の上層部の傾向と全く同じなのです。
当時の日本の上層部に、国費を食い物にする輩が存在したことは、今と全く変わらない状況だということなのです。
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日本に併合されたことは、当時の朝鮮の上層部にとっては、日本の黒船襲来どころではない、比較にならない位のショッキングな出来事でした。
半島の下層民は併合によって奴隷状態(奴婢)から解放されて自由になり、教育やインフラも整えられたので生活が向上したのですが、上層民にとっては資産であった奴婢を失う災難だったのです。
そして、日本が併合によって半島にもたらしたことの最大の過ちは、庶民を教育することを強要したことだったのです。
国民のほとんどが文盲であったとしてもです。
もし、日本人ならば、上から「学べ」と言われれば、素直に従って学ぶところなのですが、
半島人にとっては、有無を言わさずに従わされることは、屈辱以外の何物でもないのです。
日本流の「みんな仲良く・・」などは、その屈辱の最たるものなのです。
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日本人から見た悪いこと・・「ちょろまかす、奪う、盗む・・」は、半島人から見れば、自分たちの強さをアピールするアイデンティティとなるのです。
だから、今まで当たり前のように行って来た習慣を「悪いこと」と決めつけられて禁じられ、みんな平等に仲良くすることを強要されるのは、耐え難い苦痛であり、牙を抜かれた気持ちになるのです。
彼らにとっては、「相手を支配して蹂躙し、さらに寄生すること」にこそ生き甲斐を感じるのです。
「人をだまして利益を得る」ことにこそカタルシスを感じるのです。
それは彼らからしてみれば悪事でも何でもないのです。
彼らにとっては、「泥棒や略奪」こそが「生きる手段」であり、それを禁止されることは、アイデンティティが侵害された、と感じるのです。
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以上のことから、日本は半島を併合などせずに、あくまでも保護国にすべきだったのです。
そして、日本人と対等に扱ってはいけなかったのです。
対等に扱うとは、彼らのアイデンティティを奪うことになるので、せめて土地を接収して日本人が使用する程度で抑えておくべきだったのです。
当時の日本政府は、日本人のことしか知らないグローバルレベルでは田舎者だったために、「民族のアイデンティティ」というものを甘く見ていた、と言えるのです。
(ここにも動きたくない欲が出ている→)言ってみれば、日本人と朝鮮人を別に扱うのが面倒くさかったのです。
言い換えれば、動きたくなかったのです。
朝鮮人をつぶさに研究して、どう対処することが適切なのかを考えることを、さぼってしまったのです。
つまり、マネジメントをさぼってしまったのです。(←この傾向は現在も続いています)
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【日本の傾向】
*上の者がマネジメントをさぼり、面倒を下の者に丸投げして下に責任転嫁する(←今も同じ)
*下の者は、全て上の者の言うことに従うことによって責任を上の者に丸投げ(責任転嫁)する(←今も同じ)
結局、両者とも責任転嫁し合って誰も責任を取らないのです。(←今も同じ)
そのため、結果的に一番被害を被ったのは、半島に居た日本人たちだったのです。
敗戦によって半島においての最下層民になってしまい、大人から子供まで男女を問わず、蹂躙、虐殺、略奪、暴力の被害者になってしまったのです。
運のいい人だけが、命からがら着の身着のままで、何とか日本に逃げ帰りました。
「日韓併合は、着想そのものは悪くは無かったのですが、朝鮮人を適切に扱うためのマネジメントがあまりにも稚拙だったことが、最大のミスであったと言えるのです。」
その点、欧米人はマネジメントにおいては優れており、米国が日本を統治する時も日本の歴史、文化、慣習、哲学、宗教、国民性を徹底的に研究分析して日本人を適切に扱ったのです。
だからこそ、今でもまだ成功し続けているのです。
日本人のこの動きたくない傾向が何時培われたのか・・・④に続きます