渇愛(タンハー)とは仏陀の教えの言葉であり、「永遠に満たされることのない欲望」のことですが、「永遠に湧き続ける抑えきれない衝動」でもあり、一般的に言われる欲とは性質の異なるものです。
渇愛(タンハー)の厄介なところは、本人は全く意識しておらず、むしろ本人の表層の意識からは巧妙に隠されているところです。
本人の深層意識に深く根を張っているために、自分で気が付くのは至難の業です。
ですから自分自身のタンハーに気付いていない本人は、自分のタンハーから発生する行為に何かと都合のいい理由をつけることになります。
渇愛(タンハー)とは、決して満たされることのない欲望(衝動)で、一時的に欲望が叶ったように見えても、また別の形で同じ欲望が吹き出し、終わることがありません。
つまり、決して叶えられない欲望が渇愛(タンハー)なのです。