人間関係と社会心理

自信がない人に足りないものーそれは能力にあらず 完璧主義の人へ

自信がない人に足りないものーそれは能力にあらず 完璧主義の人へ

自信がない人は、もっと能力をつけなければならない、もっと結果を出さなければならない、と考えがちです。たしかに能力は大切ですし、実力がまるで要らないわけでもありません。
しかし実際には、能力があるのに自信のない人はいくらでもいますし、逆にそこまで突出した能力がなくても妙に堂々としている人もいます。

この差はどこから来るのでしょうか。

結局のところ、自信とは自分の立場をどれだけ堅固に維持できるか、その感覚にかなり左右されます。自分はここにいてよい、自分には役割がある、自分は簡単には外されない、仮に少し崩れても立て直せる。
そういう想いがある人は、自然と態度が安定します。
反対に、自分の立場が曖昧で、居場所が簡単に失われそうな人は、どうしても不安定になります。

自信とは単に自分を高く評価することではありません。自分の価値を信じ込むことでもありません。
自分がどこで、何によって、どう安定して立ち続けられるかを見誤らないことの方が、自信を持つためにははるかに重要です。

この視点で見てみると、完璧主義がなぜ自信を壊すのかも分かります。
完璧主義の人は、今ある現実の能力ではなく、本来ならもっとできるはずの自分、失敗してはいけない自分、何でもこなせる自分に依存しがちです。
つまり、まだ証明されていない能力で自分の立場を支えようとします。すると当然ですが、少しでも失敗した時にその土台が崩れます。できないことをできないと言えず、無理にできる側へ寄せれば寄せるほど、自信はむしろ脆くなっていくのです。

逆に、できないことをできないと明言できる人は強いものです。
それは開き直りではなく、自分の守備範囲を把握しているということだからです。ここまではできる、ここから先はまだ無理だ、これは人に頼るべきだと線を引ける人は、自分の立場を現実に合わせて保てます。自信とは万能感ではなく、この境界の把握にも支えられています。

社会に立場がない人が自信を持ちにくいのも当然でしょう。能力がないからではありません。能力を置く場所がなく、自分が必要とされる場も曖昧だからです。
所属も役割もなく、代わりもいくらでもいると感じる状況で、堂々としていろという方が無理があります。だから自信のない人に必要なのは、能力を磨くことだけではありません。むしろ先に必要なのは、居場所を作るために行動することです。誰かとの関係の中で役割を持つこと、何らかの責任を引き受けること、少しずつでも立場を現実に固定していくことです。

金を持っただけで急に自信満々になる人がいるのも、これを裏付けています。お金そのものが人格を強くしているのではありません。お金があることで、住む場所を守れる、失敗しても立て直せる、嫌なら離れられる、人を動かせる、選択肢が増える。
つまり立場の維持能力が上がるから、自信まで大きく見えるのです。人は能力や金銭があれば居場所を確保できると思いがちですが、事実としてはそれだけで十分とは限りません。能力があっても外される人はいますし、金があっても孤立する人はいます。少なくとも、立場は能力や金の単純な総量では決まりません。

だから自信を持つコツとは、能力や金で虚構の自分を盛ることではなく、自分が継続的に維持できる立場を見極め、それを現実に即して確固たるものにしていくことだと言えます。わきまえる、という言葉でも近いでしょう。ただしそれは縮こまることでも、停滞することでもありません。

なぜなら、挑戦とは何でもできる自分を確認する行為ではなく、できない自分を見つめる行為でもあるからです。
人は挑戦の中で、自分の限界や未熟さを知ります。しかしその確認があるからこそ、自分に合った立場へと修正できるのです。虚像にすがるのではなく、現実の上に立つようになるわけです。

自信とは、自分はすごいと思い込むことではありません。

自分の限界も可能性も見誤らず、それでも立ち続けられる場所を築いていくことです。その場所を持った時、人はようやく静かな自信を持てるようになります。