Q 友人がいない人とは、社会非適合者なのでしょうか?単に人付き合いが苦手な人なのでしょうか?それとも性格の悪い欠陥品なのでしょうか?
一般的に、友人がいない人は社交性がない、根暗、協調性がない、といった理由を付けられがちですが、そのメカニズムを読み解いてみると、実際にはそう単純ではありません。
友人関係とはいくつかの段階を組み合わせることで成立しています。
それらの過程をすっ飛ばしてしまえば、本人にたとえ悪意がなかったとしても、人間関係はうまく作れません。
友人関係には、接続、構築、維持の三段階が必要です。
まず相手と初対面で挨拶(接続)をかわさなければ、その関係は始まりません。
そのうえで関係を構築し、壊さずに維持していかなければ友人と呼べる人を得ることは難しくなります。
友人がいない人は、この三段階のどこかに課題を抱えていると考えられます。
単に会話が苦手というだけなら、関係は浅くてもその場のやり取りは成立することがあります。
しかし、最初の接続が弱い人、関係の作り方そのものが歪んでいる人、あるいは均衡を保てず関係を壊してしまう人は、年齢を重ねるほど孤立しやすくなります。
友人がいないという状態だけを見て悩むのではなく、その手前のどこでつまずいているかを考えてみると良いでしょう。
接続は礼節から生まれる
最初の接続に必要なのは、魅力や面白さよりも、まず礼節です。礼節とは単なる形式的なマナーではなく、相手に乱暴に踏み込まないための入り口です。人は礼節を欠いた相手に対して、本能的な不快感や警戒を持ちやすくなりますし、逆に礼節がある相手には、とりあえず話をしてみようと思うものです。
友人ができにくい人の中には、そもそもこの礼節が身についていない人がいます。無愛想というより、相手にどう近づけばよいのかが分からないのです。近づき方が分からないから無言になるか、逆に距離感を誤って踏み込みすぎるか、そのどちらかになりやすいのです。
すると相手から見れば、第一印象が悪い、不愛想、なんか怖い、と受け取られてしまい、友人関係としては成立しなくなります。
挨拶、態度、仕草、相手との距離感。第一段階で必要なものは、魅力的な自分などではなく、相手に不快感を与えず、好印象を持ってもらえるための「礼節」です。
構築には支配被支配の感覚が含まれる
接続の次に必要なものがこの構築ですが、ここは多くの人が誤解しているポイントです。
友人関係を構築するために必要になるのは、単なる長い会話ではありません。
互いに相手を気に掛け、相手の都合や行動にある程度に引っ張られることを許すことです。
言い換えれば、そこには支配被支配の関係が多少なりとも含まれます。
支配被支配という言葉を使うと誤解されそうですが、これは単なる上下関係のことではありません。
自分が相手にコントロールされることを許し、そして相手にもそれを許させる。
自分が相手を気にかけた分、相手にも自分のワガママを許してもらうことが肝要です。
この支配被支配の関係を極端に嫌う、苦手な人は、誰とも深い友人関係を作れないでしょう。
とても礼儀正しくはあっても、関係を一向に深めることができない人もいます。
接続のレベルでは問題がなくとも、構築に必要な相互支配の関係を受け入れられないのです。
相手に踏み込むこともできず、踏み込まれることも嫌うなら、関係はいつまでも表面上のものだけに留まるでしょう。
親や家族の支配体系が歪んでいると社会適合が難しくなる
構築の段階で強く影響するのが、親や家族との習慣や関係です。
人間は、親や家庭の中で、どのように人間関係を作ればいいかを学びます。
特に親が厳格で融通が利かない場合、子供は自然に相手に合わせるためのバランス感覚を養いにくくなります。
親に一方的に従うか、もしくは反発するか、人間関係そのものを避け続けるといった、極端な行動を身に着けてしまいがちです。
このような子供は成人して社会に出た時にも、この極端な対人様式を維持し続けます。バランスよく相手との距離感を調整することができず、一方的に服従する、もしくは服従させられるように感じて人間を遠ざける人もいれば、相手を一方的に支配しようと強権的に振る舞うケースもあるでしょう。
集団で行動できない、上下関係に過剰に反応する、社会に同調できない、といった形で社会適合そのものに問題を抱えやすくなります。
このような歪んだ支配体系の中で育った人は、関係を作る以前に、人間関係に対するイメージ自体が歪んでいるケースがあります。
維持とは調和とパワーバランスを保つこと
友人関係は、作れば終わりではありません。
最後に必要となるのがその関係を維持することであり、ここで調和とパワーバランスの維持が重要になります。
どちらか一方だけが気を遣い続ける関係、どちらか一方だけが与え続ける関係、あるいはどちらかが相手を見下す、そのようなゆがんだ関係であるなら、時間の問題で関係はいずれ破綻するでしょう。
裏を返せば互いのギブアンドテイク、バランスさえ保てていればその人間関係は維持し続けることができるとも言えます。
人間関係の維持には、お互いの価値観や性格の一致だけでなく、かけられる時間、お金、リソースなども強く関わります。いずれにせよお互いが破綻せずに生活のバランスを維持できているかが大切です。
大人は友人を作るのが難しい
成人してから友人を作ることが難しくなる理由は、実は婚活が上手くいかない理由とかなり似ています。学生時代は、環境が狭く、接触回数が多く、同じ場に長く留まるため、多少相性が悪くても関係が自然に育つことがあります。しかし成人後は、行動範囲が広がる一方で、互いの選別、審美眼も強烈になります。
相手に求めるハードルが自然と高くなり、関係を切る速度も速くなるのです。
面白いのは、選択肢が広がるほど人間は寛容になるのではなく、むしろ許容度が下がっていくことでしょう。
選択範囲が広がればより理想的な相手を求め始め、無理して合わない相手と付き合うことに苦痛を感じます。
友人がいない人の問題は対人構造
友人がいない人は、冷たい人でも、人嫌いでも、必ずしも性格が悪い人でもありません。
多くの場合は、接続の作法、構築するための型、維持するためのバランス感覚、そのどこかに問題を抱えているのです。その歪みは、本人の意思だけで作られたものではなく、親や家族の支配体系、過去の適応失敗、文化との不一致などによって形作られてきたものでもあります。
もちろん、人間関係を作るためにはある程度の努力が必要です。
しかし、友人がいないというだけでひけめに感じることも、自分を欠陥扱いする必要もありません。
他者とどのようにつながり、関係を作り、維持できるか、スキルと人間関係にかけられるリソースの問題なのです。
少なくとも、良い友人とは気合いや努力で作れるものではなく、接続、構築、維持の三つが噛み合って初めて成立するものです。