Q. なぜ私は、優しく大切にしてくれる人よりも、苦みを与えてくる人にばかり強く惹かれてしまうのでしょうか。
一般論としては、優しい人よりも刺激の強い人の方が魅力的に映る、と説明されることがあります。
たしかにそれも一理あります。
冷たくされたり振り回されたりすると強い感情が沸き起こり、それを恋だと錯覚するかもしれません。
しかし、この説明だけでは、深層心理の肝心な部分が抜け落ちています。
人は本来、自分で自分を支える力を持たなければならない
人は本来、自分で自分を支える力を持たなければなりません。苦しい時に踏みとどまる力、不安な感情、孤独に向き合い、自分で立っていられる力。
この力がなければ、誰かに常に寄り添ってもらい、支えてもらわなければ生きられなくなります。
もちろん支え合うこと自体は悪いことではありません。人は一人では生きられません。心が弱っている時もあれば助けを必要とする時もあります。
ですから、お互いに足りない部分を補い合うのは自然なことです。
しかし、相手から支えてもらった分、相手を支えられる自分でなければ、いずれはその関係には帳尻が合わなくなっていきます。
恋愛が支え合いではなく介護に変わる時
自分が相手に支えられているだけでなく、自分もまた相手を支えているという確かな実感があるなら、その関係は対等です。ところが自立することを放棄したまま、一方的に相手に寄りかかろうとすると、その恋愛は支え合いではなく介護に変わっていきます。
自分の不安も、感情の安定も、自信の充足も、生きるための気力までも相手に求めるようになった瞬間から、その関係は与え合うものではなく、一方的に搾取する関係へと変貌します。片方が行動を奪って支配しているように見えますが、もう片側は実は相手の心の安定を奪って支配しているのです。
(こうして帳尻合わせの法則が働きます)
優しい相手では物足りなくなる理由
自分自身が精神的に自立する力を失ってしまうと、穏やかで優しい相手では物足りなくなります。
優しい相手は自分の心を管理してくれないからです。感情を強く揺さぶってもくれませんし、無理やり自分を支えてもくれません。すると本人は、優しい人を前にすると安心するどころか、かえって自分の空虚さや未熟さと向き合わざる得なくなります。
逆にDV気質の人間や、奴隷を管理する飼い主のように自分を扱ってくれる相手は、自立できていない自分自身にとって非常に都合のよい存在です。自分では感情をコントロールしたり、奮い立つことができない人でも、やるべき事を見失わず、その場の生きている実感だけは持てるようになります。
つまり相手を愛しているから離れられないのではなく、相手がいないと自分の心が崩れてしまうので離れられないのです。
冷たくされればされるほど「ここで見捨てられたら自分には価値がない」と感じ、逆にわずかでも優しさを与えられると「この人はやはり特別だ」と感じてしてしまうのです。
この落差が激しいほど感情は燃え上がりますが、それは相手を深く愛しているからではなく、自分の存在価値を相手に依存しているにすぎません。
問題の核は「頼ること」ではない
ここで大事なのは、人に頼ることそのものを否定しないことです。問題の核は、人に頼ることではなく、自分で立とうとせず、自分の心の責任まで相手に背負わせていることにあります。
自分の人生の重みをまるごと相手に預けてしまえば、相手は自然と優位に立ちます。そして優位に立った側の人間が、管理し支配し始めるのは、ある意味では当然の流れです。
もちろん全ての相手がDV化するわけではありませんが、少なくともそのような支配関係が入り込みやすい土壌を、自分の側が作ってしまっているとは言えます。
つまり悲惨な現実を引き寄せているのは、単なる男運の悪さではなく、自立心(自灯明)を手放した自分自身なのです。
本質は「刺激の強さ」ではなく「強制力への依存」
ですから、苦しませる人ばかりを好きになる理由を、刺激の強さだけに求めるのはやや浅慮と言えます。
本質は、外から強制されないと自立できない、動けない自分自身、その強制力を与えてくれる相手を必要としてしまうところにあります。
相手の強制力で自分が不幸になっていると感じるかもしれませんが、実は自分自身こそが、相手の自立心を乗っ取り、支配して、相手を不幸にしているともいえるのです。
相手だけを責めても、この問題は根本的は解決しません。他人に人生を丸投げしようとした、自分自身の心の弱さを見つめる必要があります。
必要なのは「心の筋力」
自分もまた相手を支えているという実感を持てるだけの**「心の筋力」**が必要です。
自分の不安を自分で処理し、自分の孤独を自分で引き受け、自分の価値を自分で支えられるようになって初めて、相手の優しさを「退屈」ではなく「信頼」として受け取れるようになります。
そうでなければ、何度相手を変えても、また同じように自分を苦しませる人を運命の相手だと勘違いするでしょう。
本当の問題は、相手の在り様ではなく、自身の内面にある、自立心(自灯明)の弱さにあるのです。
「心の筋力」を鍛える3つのテクニック
1. 何かを決める時、誰かに頼る前に「自分でできること」を3つ書き出す
誰かに助けを求めたくなったとき、スマホを置くか、チャットの送信ボタンを押す前に、あえて「いま、自力でできるコト」を3つだけ考えて、メモに取ってみましょう。
2. 不安に飲まれそうな時の「1分間の仁王立ち」
心が不安に襲われて誰かにしがみつきたくなったら、その場でしっかりと立ち上がり、足を肩幅に開いて腰に手を当て、「仁王立ち」で全身にまんべんなく力を入れて、1分間キープします。
効果: 物理的に重心を下に落とし(グラウンディング)、堂々とした姿勢を取ることで、脳に「私は安全だ、私は強い」という信号を送り、パニックや依存衝動を鎮めます。
3. 否定的な感情を「自分で支える」シミュレーション
寂しさや怒りが湧いてきたとき、それを誰かにぶつけて解消してもらうのではなく、「もし自分が、この感情を抱えた人の親だとしたら、どうサポートするだろう?」と考えてみます。
例:「よく頑張ったねと心の中で声をかける」「毛布にくるまって休ませてあげる」
効果: 感情の責任者を「他人」から「自分」に取り戻し、セルフケアの能力(心の筋力)を養います。