仏教・霊性・スピリチュアル

からだの機能としてチャクラ考察

からだの機能としてチャクラ考察

チャクラという言葉は現在世の中に溢れていますが、身体の中にある見えない回転体だとか、開けば元気になるとか、閉じれば不調になるとか、ふわっとした説明で終始しているのが現状です。
なぜ感情と関係するのか。なぜ対人関係と関係するのか。なぜ健康と関係すると言われるのか。
肝心な部分が抜け落ちているように思えてなりません。

本稿ではチャクラを、スピリチュアルで語られるような神秘的な器官としてではなく、感情を身体の機能へ落とし込むための同期装置として捉えています。
このように考えると、チャクラ、オーラ、そして健康への関係を理論的に解釈することができそうです。

本文

まず前提として、人間の身体には言語とは別に、感情をやり取りするための前言語的な機能が生来より存在していると思われます。
怒り、恐怖、悲しみ、喜びは、単なる頭の中だけに存在するラベルではありません。実際に筋肉の張り、呼吸、姿勢、熱感、動作として身体に現れます。
だから人は感情に「実在感」を持っています。
感情は単なる脳の電気信号考ではなく、身体状態として物理的に存在しているためです。
全身を局所の機能で理解するなら、それぞれ胸の開き方、首の傾き、腹や骨盤の張り方など、身体の各部が動作を分担して感情を表現しています。
この局所化された感情出力の「姿勢状態」、これをチャクラと捉えています。

つまりチャクラとは、身体の中にある、回転する円盤ではなく、複雑な感情発露体を部分的に分解し、身体が特定部位においてこれを再現した結果として見られる現象です。
特定の人にチャクラが見えるのは、物理的な器官がチャクラとしてそこに存在しているからではなく、そこに熱、張力、振動、代謝の振幅が局所的に現れているためです。

昔からチャクラは車輪と呼ばれてきましたが、原理としては車輪よりも太鼓に近いと私は考えています。
なぜなら現象として観察されるものが、回転ではなく、張りと共鳴、熱感のためです。
太鼓は適切な張りがあればきれいな音が出ます。張りが狂えば音は濁ります。
チャクラも同様に、筋肉の張力のによって出方される感情が変わります。
チャクラは物理的な器官ではないが、機能としてはかなり物理的な側面が強いわけです。

この考え方を前提とすると、よく言われる「チャクラが悪いから不健康になる」という理論には疑念が生まれます。
身体が歪み、慢性的に筋防御が発生し、呼吸が浅くなり、筋緊張が固定されると、チャクラの精密操作ができなくなる。その結果として、精密な感情発露や対人関係や自己制御に不具合が出る。
つまり因果が逆なわけです。
問題はチャクラそのものではなく、チャクラがまともに作動できないほど身体条件が悪化していることにあります。

この話は対人理解にもつながります。
人は相手の表情や声だけでなく、もっと微細な張力や雰囲気を読んでいます。
私はその上位に、他者の状態を自分の身体内部で部分再現する同期回路があると考えています。
チャクラはこの同期回路そのものではありません。
チャクラは、その同期結果が局所的に現れるインターフェースです。

要するに、ここでの結論はこうです。

チャクラとは、感情発露体を局所的に分解し、筋張力、呼吸、姿勢、熱感、振動として身体へ部分再現する同期装置である。
それ自体が病気を生むわけではなく、身体状態の歪みがその精密操作を妨害する。
そして、チャクラの上位には、他者の状態を自分の内部で再現する同期回路がある。

ここまで整理すると、チャクラは単なるスピリチュアル用語ではなく、感情、身体、対人理解をつなぐ概念として再定義することが可能となります。

締め

ここから先は、もう一段踏み込みます。
有料部分では、

なぜ「チャクラを開く」と相手を読めるように感じるのか。
オーラとは何を感知しているのか。
リーディングとは何を読んでいるのか。
さらに、言語、自我、概念理解そのものがこの同期回路の上に乗っているという仮説まで整理します。