人間関係と社会心理

仕事や努力は続けるべき?やめるべき?迷った時の判断基準を解説

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努力をやめるべきか、続けるべきか。仕事でも、学業でも、趣味でも、継続すべきかを迷うことは少なくありません。

継続は力とは言いますが、努力を続けた結果、それが実を結ぶこともありますし、途中で投げ出してしまい何も残らないこともあります。
その一方で、無理に努力を続けたせいで心身を壊し、人生そのものを壊して無駄にしてしまう場合もあります。

では、人は何を基準にして、努力をやめるか続けるかを決めればよいのでしょうか。


知恵者の答え


一般的には、続けるべきかやめるべきかは、損得や向き不向き、心身への負担、将来性などを見て判断すべきだと言われます。明らかに身体を壊す環境や、何年続けても望む未来につながらない環境なら、離れる判断は必要でしょう。

しかし、判断に迷う。
そんな時は、一度、自分の人生にある「軸」を見直してみるとよいでしょう。

あなたは、人生で何を大切にしたいでしょうか?

人間には、それぞれ自分はこうありたい、こういう生き方をしたい、という生きるうえでの軸があります。

それは「社会で成功したい」「善人でありたい」「自由になりたい」「孤高でいたい」など、人によって違います。
要するに、その努力をやめるか続けるかは、その対象が自分の持っている人生の軸に合っているものか、そこで判断すると良いでしょう。

たとえば、心底からスポーツで大成したいと願っている人なら、過酷な練習にも意味を見いだせます。
苦痛が大きかったとしても、それが自分の望む場所にたどり着くための苦痛であるならば、人は意外と耐えられるものです。

しかし、同じだけの苦痛でも、それが暗中模索、目標に近づいているという感覚がまったく得られないならば話は別です。
本当は別の道を歩むことを渇望している人が、親や知人に勧められたからという理由だけで苦痛にまみれた努力を続けても、達成感よりもその苦痛によって消耗した心だけが残るものです。
ブラックな環境で自分をすり減らしてしまう人の多くは、この「自分の軸」が曖昧なまま、他人の期待に応えることを優先してしまっています。

適正がない分野に自分の時間や労力を注ぎ込んでも、それが無駄に終わってしまっては意味がありません。
自分が本当に守りたいものは何か、自分が本当に成し遂げたいものは何か、それを見極めることです。

しかし、人間は一つの軸だけで生きているわけではありません。

たとえば、「成功者になりたい」という軸を持ちながら、同時に「人から命令されたくない」という軸を持っている人がいます。
このような場合、命令口調の厳しく、かつ優秀な指導者に出会った時に、両方の軸が衝突して葛藤を引き起こします。
成功するためには従ったほうがいい。しかし、相手から命令されるのが耐えがたい。

このような場面で、人は「命令されるのが耐えがたいからやめる」という判断を下しがちです。
しかし、苦痛から逃げたいという消極的な理由だけで努力することを避けると、いずれ他の分野でも同じ問題に突き当たることとになるでしょう。「人から命令されることを嫌う」自分自身から逃れることは永遠にできません。

もし本当にこの人が大成したいなら、従事することが成功への近道であるならば、自分の中に湧き上がる反骨心を抑えなければなりません。
どうしても命令されることが受け入れられないなら、遠回りの努力をするか、もしくは成功するという目標そのものを捨てるしかないこともあります。

つまり、努力をやめるか続けるか。苦痛という感覚だけではそれを決めることができないのです。
何が苦しいのか、なぜ苦しいのか、その苦しさは自分の大事な目標のために払うべき代価なのか、それとも自分の軸に反した消耗なのか、そこを見分ける必要があります。

自分の軸に合っている苦しみなら、続ける価値があります。
自分の軸を裏切り続ける苦しみなら、やめたほうがいい。

もし自分のスタンスと合っていないと感じるならば、思い切ってやめる勇気が必要です。

正しく判断をするためには、何を優先するべきか?そして、それが本当に自分のスタンスに適っているか?自分の優先したいスタンスは何なのか?を知ることが大切なのです。