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ハートチャクラが開くと慈悲深くなるのか?共感と慈悲は同じではない

ハートチャクラが開くと慈悲深くなるのか?共感と慈悲は同じではない

ハートチャクラが開いている人は慈悲深い人なのでしょうか。

反対に、ハートチャクラが閉じている人は冷酷なのでしょうか。

そもそもハートチャクラは、何をしているのでしょうか。

一般的には

一般には、ハートチャクラというと「愛」「優しさ」「思いやり」と結びつけて語られがちです。ですから、ハートチャクラが開いている人は人に優しく、閉じている人は冷たい、というイメージを持つ人は少なくありません。

たしかに、他人の感情を受け取りやすい人や、周囲の空気に敏感な人を見ると、ハートが開いているように感じるものです。逆に、何を見ても動じず、人にあまり共感を示さない人を見ると、どこか心が閉じているようにも見えます。

しかし実際には、共感しやすいことと慈悲深いことは同じではありません。


知恵者の答え

ハートチャクラは、単純に「愛の心を開くスイッチ」ではありません。
その機能の実態は、自分の外側にある存在を受け入れ、感じ取るための「目」です。

ハートチャクラには、好きなものには開きやすく、嫌いなものには閉じやすいという、わかりやすい性質があります。

だから、好き嫌いが激しい人ほどハートチャクラは不安定になります。 

気に入った相手には過剰に開き、嫌いな相手には強く閉じる。その開閉が激しいほど、本人の感情も不安定になるのです。


ここで一つ、分かりやすい例えがあります。

世の中の悪いニュースを見るたびに心を痛め、落ち込み、怒り、不平不満でいっぱいになる人がいます。

この人はたしかに外界への感受性が強く、ハートチャクラがよく開いています。
しかし、開いているからといって、その分だけ慈悲深いとは限りません。

なぜなら、単にハートチャクラが強く開いているだけでは、自分の心が揺さぶられやすいだけだからです。

逆に、他人にあまり共感せず、感情移入も少ないのに、現実では人に手を差し伸べ、施しをして、必要な支援ができる人もいます。

この人はハートだけを見れば、感性が鈍いかもしれませんが、実際の行為としては慈悲に近いものです。


つまり、実際の慈悲心は「相手に共感できるか」より「相手に何を施したか」によるということが分かります。

他人には心から共感できるのに、何もしない人もいます。
この場合、その人のハートは開いてはいても、慈悲としての働きは見られないことになります。


苦しみに同調することと、苦しみを取り除く支援を施すことは別なのです。

要するに、ハートチャクラの開閉と慈悲心は直結はしません。

ハートチャクラが開くと、たしかにより多くの感情を感じ取れるようになります。
人の痛みへの理解も、空気や場の違和感にも同調しやすくなるでしょう。
ですが、それはハートという受信機の感度が上がっただけの話であって、その人が実際に他者を助けてあげられるかどうかとは別問題です。

むしろ、ハートチャクラが開いている人ほど危険なことがあります。
認識できる範囲が広がるほど、余計な情報、感情まで流れ込んできて、他人の感情や社会の雑音に飲み込まれやすくなるからです。


感受性が強い人が疲れやすいのはこれが原因とも言えます。
そのため、ハートチャクラを開くなら、感性と同時に胆力が必要になります。

周りの感情を感じても、それに飲み込まれないこと、他者の痛みを感じても、自分を見失わないこと、相手の苦しさを理解しても右往左往しないことです。


これができずにハートだけ開けば、優しい人になるどころか、ただの消耗しやすい人になってしまいます。

観音様のような慈悲を考えると、この違いはよく分かります。

相手の苦しみに共感して一緒に取り乱すだけでは、それは助けになりません。苦しみを理解しつつ、それでも崩れず、必要な支援を与えられるからこそ、慈悲深いと言えます。


お医者さんも同様です。患者の痛みに共感しすぎて手元が狂うようでは、手術はできません。

ですから、もしあなたが周囲に振り回されやすいタイプなら、無理にハートチャクラを大きく開こうとしない方が無難でしょう。


何でも感じることが成長につながるとは限りません。
自分に必要な範囲だけを開き、余計なものには無理に巻き込まれないようにした方が、日常も人間関係も安定します。

そして不足する部分は、他のチャクラが補えばいいのです。

現実判断、意思の強さ、認識、境界線の保持、
そうした他のチャクラの働きがしっかり整っていないのに、ハートだけ広げるのは危険なのです。

ハートチャクラは単体で神聖なものではなく、すべてのチャクラの均衡の中でバランスを取るべきチャクラです。

結局、ハートチャクラが開いている人が慈悲深いのではありません。ハートが開いてもなお動揺せず、自分を見失わず、必要な支援をできる、霊性が高い人こそが慈悲深いのです。

ハートチャクラの本当の課題は、開くことそのものではありません。開いたままでいられる強い自分を作ることです。